プロローグ


この頃、死の森の木々は魔王のスパイとしての役割を課せられていました。
よそ者侵入の知らせは木々によって城に伝わり、魔物たちはキマイラが近づいてくるのを今や遅しと待ち伏せしていたのです。そのまま網に包まれてキマイラは運ばれていきました。油断でしたが、いっそ楽な移動手段ではあります。
ハンモックに寝ているようにキマイラはくつろぎ、城につく寸前に虫に化けると網からぬけていきました。
急に軽くなった獲物に「おんや、溶けちまったんだろか」魔物たちは網をさぐって首を傾げています。
まぬけなその姿にキマイラはくすくす笑い、脅かしてやろうと、自分の知っているいちばん恐ろしいもの、老いさらばえて腐りかけた魔王の姿でその場に現れると「マヌケドモメ!」ひと声吠えました。そしてたまげて腰をぬかしている魔物たちを尻目に、また虫にもどると、あっというまに門の隙間にもぐりこんで城のなかに入りました。
そのままキマイラは魔王の部屋まで這っていきました。
魔王は背もたれに不気味な彫刻の施された石の椅子に腰をおろし、中空をにらみつけるようにして、考えごとをしていました。
「ほほう」魔王が思い出とまったくちがい、はるかに若く、それなりにりりしい顔つきをしているのにキマイラは驚くと同時に、自分が過去に迷いこんでしまったことを改めて実感しました。
魔王で変わっていないのは、その邪悪な光を放つ黄色くにごった目でした。その目にキマイラは一瞬ひるみましたが、もうあとへは引けません。
本来の姿では迫力がないので、長く白い髭をはやし、黒いマントをはおった魔法使いとなって、キマイラはいきなり魔王の目の前に立ち現れました。
ふいに出現した丈高い魔法使いに、夢想から覚めた魔王はかっと目を見開いて立ちあがりました。
「なんじゃ!おまえは誰じゃ?なにしに来た?」魔王は畳みかけるようにどなりました。魔法使いのキマイラは、おごそかな口調で言いました。
「私はあなたに未来を伝えるために遠い時からきた預言者、七変化のキマイラ。死の森の魔王よ。しっかりその耳をすましてキマイラの言葉を聞くがいい。私の言うことを聞けばあなたは永遠に栄えるだろう。また聞かなければ、みるまに老いさらばえ、醜い姿をさらすことになるだろう」
キマイラの言葉が終わらないうちに、魔王は片頬をひんまげてあざ笑いました。
「預言者などいらぬ。予言ならわしがくれてやろう。おまえのほうこそ醜い姿をさらすことになるわ。それも今すぐにな」魔王が手下を呼ぶために立ちあがって部屋の戸を開けたところ、なかのようすをうかがおうと戸の外でひしめいていた魔物どもにぶつかりそうになりました。魔物たちは飛びあがって逃げだしました。
「なんじゃ!」魔王は一匹の魔物の襟首をつかんで持ち上げました。「なにを探っておった?」
「ま、まおうさまの、く、くずれ、腐ったお姿に、ご、ご病気ではないかと・・・・・」
魔王の剣幕に恐れ入った魔物はおどおどと答えました。
「なんじゃと?」つぶやく魔王に「まずは魔王さま」キマイラは言いました。
「使い魔ならばいざ知らず、こんな下々の者の申すことお気にとめられますな。それより、密談の間にて私の話に耳を傾けなさるがいい」
密談の間とは秘密の悪巧みをするために設けられた隠し部屋で、使い魔でなければその部屋に入ることも、その存在を知らされることもありません。キマイラが先に立って、迷うことなく密談の間にむかったので、「はて?いったいあやつは何者じゃ」魔王はこの見知らぬ者が城の仕組みや間取りまでを知っているのを不思議に思いました。
「さて魔王さまにまずは私の力をお目にかけましょう」密談の間の仕掛けもいともやすやすと開けたキマイラは白鳥の姿で優雅に魔王を迎えてそう言うと、それからつぎつぎと得意の七変化を披露していきました。

 

*ちょこっと秘話! by 池田先生
この巻からジタンの妹バニラが登場。
キマイラのことは、作ったときから好きだったけど、バニラと組ませたことで、
キマイラに別の表情が出てきた。又キマイラとバニラの話を書きたいな。
あと、「ダヤンとタシルの王子」を書く少し前に鳥海山に行って、
伏流水がオーケストラのように湧き出してくる滝を見たので、
冒頭でダヤンが時の旅から現われるシーンでは、その滝を使いました。

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