アビルトークとハルカノクニ

アビルトークとハルカノクニの様子を少しずつ見てみましょう。

アビルトーク

 
「あのさ、これからいよいよぼくは、定められた務めを果たすのかな」ダヤンはみんなの顔を見まわして言いました。
旅支度をととのえた2匹とともに座っているのは、若くて美しい大魔女セ、それにエルフと風をたばねる風の王でした。
2匹とふたりは、雪の神の使徒であるセントニコラウスに呼ばれて、ノースへ進もうとしているところでした。
ダヤンは雪の神に呼びかける練習をしながら歩きました。
狼たちの引く氷のそりの上で、雪の神は巨大な雪像のような体をくつろがせました。大気も大地も雪の神の思いのままでした。
気持ちもゆるんでいたのでしょうか。
ふいに雪の神のかたく白い殻をやぶってなにかが入ってきました。
あろうことか、雪の神の脳裏になにかから発信されたイメージが浮かびました。
そして雪の神のイメージに大地はしたがいました。
「ガレー山脈を抜けたところには、トレジャーバレーっていう、広い広い草の茂った谷があってさ。そこのまん中には大きな湖があるんだ。トレジャーリバーにはすごい滝もあったよ」ダヤンはつぎつぎとなつかしいわちふぃーるどの光景を思い浮かべ、そのたびにそのイメージはダヤンから雪の神を通じて大地に伝わっていきました。

実際、アビルトーク時代にトレジャーバレーなどなく、ガレー山脈の西はもっとずっと狭い荒地でした。
ダヤンと雪の神の間が通信機のようにつながってしまったため、わちふぃーるどを切り離すさいに集められた、ありあまる大気のエネルギーは、ダヤンのイメージにしたがって新たな大地までもつくりだしていきました。
完全にイメージがつながってしまったダヤンと雪の神のおかげで、トレジャーバレーの大地が生まれると同時に、そこに棲む生き物までが生まれてきました。
土の中からぼこぼこ生まれてくる恐竜を楽しんでいた雪の神は、思わず知らずなにかの声にしたがってしまっていることに気づいて、はっと我に返りました。
神のもつ恐ろしいまでの集中力で、雪の神はおかしな声との通信を断ちきり、心の中を白一面の世界で閉じました。

 
セは塔にただよっている不快な匂いに眉をひそめました。セは息をとめるようにして、大きく窓を開け放ちました。流れこむ冷たい空気もいやな匂いを吹き飛ばしてはくれません。
「なんの匂いかしら?」なにかが腐っているような匂いですが、どこかで嗅いだような気がしてセは不安になりました。魔女としてのアンテナが危険を告げ、胸が高鳴りました。
「この匂いは・・・・・」ハッと思いあたり、後ろをふりかえろうとしたセは息をのみました。
いきなり!グイッと両肩をつかまれたのです!
魔法勝負でも王の塔での戦いでも、その指と爪は何度も目にしていました。
それは死んだはずの魔王の指。魔王の爪でした。
「きっとセはカシガリ山にもどる」そう信じていて、待っていた魔王でした。
「もうだれにもじゃまされないぞ」ほつれて、もじゃもじゃの頭に大きな蜂が1匹とまり、魔王はうるさそうに首をふりました。
黄色と黒のだんだら模様の熊ん蜂は、キマイラが化けたものでした。
暗い穴から吐きだされる魔王の息と死の匂いが入り混じって押しよせ、セを包みました。
セは耐えきれず、気を失いました。
「おまえは・・・・・とうとう・・・・・おれのものだ」
抵抗しないセを抱えなおし、もう一度大きく口を開けて、魔王はその白い喉ものに牙を立てようとしました。
たまげたのはキマイラです。あとさき考えず、蜂に化けているキマイラはあんぐり開いた魔王の口から、弾丸のように跳びこみました。
「ヴォゥオウァ!ウアァオオオオォォォー・・・・・」ちょっぴりだけ残っていた魔王の命の火は、いきなり飛びこんできたキマイラによって、あっというまに断ち消されてしまったのです。

ガルポットからエカル湖へ
魔王が追ってきていないか、終始後ろをふりかえりながらも、セは一行を休ませずに進みました。
広々と開けた平地はキラキラ光る黒い土におおわれ、そのむこうに火の山ガルポットが火と煙を吹きあげながら、威風堂々とそびえていました。

「ハルカノクニではね、ここはマージョリーノエルっていうサーカス団の本拠地だったんだ。ジタン、きみも入ってて、ぼくはここにきみを訪ねてきたことがあるんだよ」
エカル湖を越えると、そこはもうノースでした。
「わあ!」美しさにダヤンは思わず声をあげました。

裂ける大地
ノーストゥントリ山脈から、吹きおりてくる白い嵐は、ノースすべてを襲いました。雪の大地を揺るがす地響きはたえまなく、狼の遠吠えのようなうなり声をあげて地を走る雪煙りに、すぐ近くですら見えないありさまでした。
荒れ狂う白い闇に、セントニコラウスでさえ、自分の住むノーストゥントリ山の洞窟への方角がわからなくなりました。
ダヤンの手をしっかり握り、引っぱるようにしてジタンは進みました。
雪の神は最後の仕上げにかかっていました。
ふたたび雪狼、霜狼と一体となり、すべての大気を集めて、巨大な白いものとなった雪の神は、一気にノースを横切るように駆けぬけました。
ドドーン!そのとき、世の終わりのようなすさまじい地響きと大音響が、ノースを震わせました!
あまりのことに、ひっくり返ったまま呆然としていたダヤンは、やっと我に返りました。
さっきまで戦っていた仲間と敵は、影も形もありません。かわりに白い大地には、まがまがと黒く切れこんだ亀裂、すべてを呑みこんで、底ものぞけぬクラックがありました。

ダヤンと雪の神
すべて終わった・・・・・。
穏やかな雪の神の心に、またあの声が聞こえてきました。
こらしめてやろうと、雪の神は気となって洞窟を抜け、呼びかけるもののもとへと、すごいスピードで白い地の下を進みました。
サーッと地の下から気配が近づいてきたかと思うと、いきなりドーン!と巨大な姿がダヤンの目の前に現れました。
「ヨールカの雪の魔法だと?」

ダヤンは音楽に合わせて、自分もステップを踏みながら空を見上げ、思いきり楽しげな、ヨールカダンスの光景を思い浮かべました。
光の川を追うように雪の神は空を見あげ、その楽しげで、美しい光の舞台に見とれました。
「なんという美しさだ」雪の神は心の中でつぶやきました。
「家の中に樅の木を飾るのはね、緑の木が、春を呼ぶシンボルだからなんです」空を見あげつづける雪の神の、気をそらさないように、静かな声でダヤンは言いました。
「春などいらぬ。冬があればいい」雪の神はきっぱり言い、ダヤンは武者震いを感じました。
頑固な雪の神を説得するのはむりなのでしょうか。
ダヤンは自分の務めがとてつもなく困難なものに思えてきました。
寒さはダヤンの足もとから忍びあがって、体中をむしばんでいきました。しだいに凍えていくダヤンは、力をふりしぼってイメージを浮かべつづけました。
「ぼくには、もう、生きる力はなくなったみたいだ」
ダヤンは小さな声で言って、雪の上に崩れ落ちました。
音もなく静かな、冬の白い世界が、地上に果てしなく広がっていました。
雪の神は、自分の望んだ世界を眺めわたしました。
小さな猫が見せてくれた、生き生きした世界に比べると、なんだかとても味気ないものに思えてきました。
「おい、もっと見せてくれ」雪の神はダヤンを抱きあげて言いました。
ダヤンは雪の神を見て笑いかけました。
「さよなら・・・・・雪の神さま・・・・・ぼくたちの守り神さま」

ハルカノクニ


雪はたえまなく、空からひらひらと舞いおりていました 。連なる山も森も、一面厚い白いマントでおおわれています。

長いこと家を離れて、アラルの海からサウスへと、放浪をつづけていたオットーさんは、南の国でさえ降りやまぬ雪に不安を感じて、故郷のタシルへと帰ってきたのです。
「ちょっと、みんな聞いてくれないか。これを見てほしいんだ」そう言うと、オットーさんはマーシィたちの前にチャリン!小さな金色の鍵を置きました。
「これをなんだと思う?「時の扉を開く鍵」さ。」
「そうだ。セとイワンがいれば、時の扉がつくれるぞ」オットーさんの熱が移ったかのように、もうみんな夢中でした。
長い雪に閉じこめられて、かたまってしまったみんなの心が、ゆるんで溶けていくようでした。

 
「セ、今日はお願いにきました。あなたにしかできないことがあります。もう一度、時の魔法をかけてもらえないでしょうか」オットーさんは鍵をセの手に乗せました。
「やってみよう!」
セはオットーさんの言葉を、さえぎるように叫びました。
「可能性がほんの少しでもあるのなら。これで命の火が燃えつくしてもいい」セの中で小さな燠になっていた命の火がふたたび赤く燃えあがるようでした。

タシールエニット博物館
タシールエニット博物館はアルスからやってきたセにとって、わちふぃーるどでの空白を埋めてくれるすばらしい場所でした。

セは「不思議大図鑑」の中の「ヨールカの雪の魔法」という項目を開いて指さし、みんなはテーブルを囲むようにしてのぞきこみました。
「・・・・・12月17日の夜、動物たちの踏みならす足音と祭りの調べで、雪の神が目覚め、その年最初の雪を降らせる。雪が降りはじめると、動物たちはますます活気づき、高まる音楽と足踏みでタシル山をゆるがし、舞い踊る雪で魔法の扉がほんの少しの間開くのである。そしてアルス(地球)から毎年1匹だけ動物がわちふぃーるどへやってくる」
セが本を読みあげると、みんな大きくうなずきました。

魔法の準備
カシガリ山の魔女の塔、大広間は今、わちふぃーるどとアビルトークの時のずれを計るための研究室と化し、物置から持ちだしてきたさまざまな道具でごったがえしていました。
ピクルスは、大事な水晶を磨いてもらうため、そして錠前と取ってを作ってもらうためにトール山のドワーフのところへ行きました。

ヨールカの扉
時を遠く離れて、ふたつの世界はどちらも同じように、ヨールカを迎えようとしているのです。
ジタンの家からは、今のわちふぃーるどの地図が見つかりました。それはアビルトークのものと照らしあわせることができるよう、ぴったり同じ縮率で書かれていました。
今や、時の扉を、いつ開けばいいのかも、どこで開けばいいのかも、セにははっきりとわかっていました。

時の魔法、ふたたび
それから3日後の12月17日。
セは、この日を時の扉を開く日と定めました。
ヨールカの扉でもう一度、時の魔法がかけられる運命の日をめざして、全員が協力して扉の仕上げにかかりました。
舞台となる広間の四隅にろうそくがともされました。
風をあらわす東には、風の結び目ものつ風袋が、日をあらわす南には、ニワトコの枝が、土をあらわす西には、一握りの砂が、水をあらわす北には、清い水のたたえられた杯が置かれました。
セはふりかえると、時の旅に出るものたちを、そっとうながしました。
友だちをとりもだすため、時の扉を抜けて旅をするものは決まっていました。
選ばれたのはイワン、マーシィ、ギブ、ウィリーでした。
オットーさんには、鍵を開ける栄誉が与えられました。
鍵を手にしたオットーさんは、扉の前に進み出ました。

おかえり!ダヤン
カシガリ山の魔女の塔では、不安と興奮が渦まいていました。
もう限界からと思われたころ、霧の中にぼんやりと、扉が現れました。
ギイッ!音をたてて緑の扉が開くと、両手にあるほど大きな、毛布でくるんだものを抱えたギブが飛びだしてきました。
「ダヤンを見つけたぞ!だけどだいへんだ!ダヤンはたいへんなことになってるんだよ!」
毛布にくるまったダヤンはぐったりしたまま、ピクリとも動きません。
「セ、なんとかしてくれ。頼む!」
セはもう立っていられないほど疲れ果てていましたが、全身の力をふりしぼって体をしゃんとさせました。
「なんとかしましょう。できるだけ。治療は大広間でします。」てきぱきとセは指図し、魔女たちが指図にしたがって、薬草が調合された大釜が、大広間の炉にかけられました。
「いいかい、みんな!わたしが合図をしたら、いっせいにみんなで、ダヤンを呼ぶんだよ。なるべく大声でね」
それから、セはベッドの脇に小さなテーブルと椅子を置くよう、ジンジャーに命じました。ピクルスがテーブルに、水晶玉を置きました。
セは水晶玉を見つめながら、一心に呪文を唱えはじめました。
ダヤンは夢の中をさまよっているような気分でした。

「ダヤン」声が聞こえました。ジタンの声でした。
「ジタン!ジタンかい?そこにいるの?」
「ああ、ひさしぶりだな」ジタンの声はうれしそうでしたが、姿は見えません。
ダヤンは、ジタンの声がするほうへ、行こうとしました。
「こっちへ来てはいけないよ、ダヤン」ジタンはきびしい口調で言いました。
「なぜさ?」そのとき、反対の方から、大勢が呼ぶ声が聞こえてきました。
「ダヤーン!」
「ダヤーン。こっちだぞー」
「ダヤーン!こっちへ来いよー」
タシルのみんなの声です。
イワンもマーシィもギブもウィリーもいます。なつかしい、なつかしい声でした。どちらへ行こうか、ダヤンはちょっと迷いました。
「ダヤン、そっちへ行くんだ。みんなの呼ぶほうへ」
「でも、ジタン・・・・・」
ダヤンはいいことを思いつきました。
「ジタン、いっしょに行こうよ!」ジタンは、ちょっと笑ったようでした。
「ぼくは行けないよ。だけど、きみはもうじきぼくに会える」ああ、この言葉は・・・・・ジタンが言ったこの言葉は・・・・・。
ダヤンははっとしました。
「ダヤン!もどってきたのね」目を開いたダヤンを見おろしているのは、おばあちゃんのセの顔でした。

 

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