トラ

ジタンの妹バニラの乳母。
気が強く責任感のあるメス猫です。

東の門へとつづく曲がり角にくると「ジタンさま!」叫ぶ声が聞こえ、ジタンはぎょっとしました。木の影から見たことのない生き物が現れたのです。
「誰だ!」ジタンは思わず、剣のつかに手をかけました。
「ジタンさま、私です。トラです」生き物はあわてて手をふりながら言いました。
よく見ると確かにおかしな生き物と見えたものは、奇天烈なかっこうをした乳母のトラでした。トラは太った体の腹側にはフライパン、背中には大鍋をくくりつけ、頭には銅鍋をかぶって、腰からはすりこぎやおろしがねをさげています。トラは体中を調理器具で武装しているのでした。
その武装のまま、がちゃがちゃ騒がしい音をたてて、トラは地面につっぷしました。そして金物のたてる騒がしい響きに負けないほどの大声で泣きだしました。わあわあ泣いたあと、もう一度ひれふしてトラは吠えるように叫びました。「もうしわけございませんっ」
ただ驚いているジタンにむかって、トラは鼻をすすりながら続けました。「私がバニラさまから目を離さなければこんなことにはならなんだ、いやなりませんでしただ。なにせあの時はグランさまの容態ばかりしんぺえで。トラは、トラは」
トラはまたひとしきり泣き、鼻をかみました。そのすきにジタンは急いで聞きました。「トラ、父上の容態、今はどうなのだ?」
トラはこくこくとうなずきました。「ありがてえことにセさまがいらしてくだすって、今は安定しております。それだものだからトラも出てくることができましたんです。それでお出かけになったジタンさまは、知らせを受ければきっとまっつぐこの東の門をぬけるだろうと、ここでトラは待っておりました。ジタンさまにおわびしてバニラさまをとりもどす旅に私も連れて行ってもらおうと。なにしろ敵は死の森の魔王。トラなりに武装して参りました」トラはジタンにすがって言いました。
「ジタンさま、なにとぞトラをお連れください。お聞き入れなくば、トラはフライパンで頭をぶちわり討ち死にする覚悟・・・・・」言いながら、本気であるところをジタンに示そうと、トラは首からさげたフライパンを器用にもちあげると頭をたたいてみせました。銅鍋にぶちあたったフライパンはボヨヨーンとすさまじ音をたて、トラはばったり倒れました。

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