猫の効用

荒俣宏の「博物誌」によると、飼い猫の風習は古代エジプトから始まったらしい。その頃のエジプトでは猫を神聖化するあまり、猫を殺した者を死刑にしたり、死後はミイラにしたりしていた。それを知ったペルシャは戦争の際、兵士に猫を抱かせて進軍するという奇襲を編み出し、エジプト側では神獣が傷つくのを恐れて反撃できなかったという。敵からよく見えるようにひとり一匹ずつの猫をささげ持って進軍する兵士を思い浮かべるとすごくおかしい。暴れて逃げ出した猫が敵陣に迷い込むとエジプト側は保護するのにおおわらわ。さぞかしこりゃ戦争にならなかったろう。
このように昔、猫は反戦に一役かったわけだけど、今では猫はぼけ予防に効果があると言われている。猫に限らず柔らかい動物をなでているとぼけないんですって。猫を飼うと血圧が下がり、猫をなでると脳波からアルファ波が出るそうだ。これは本当にそうかもしれないと私は伊勢に住む夫の母のことを思う。母は無類の動物好きである。一番すきなのは猿で、まだ元気だった頃東京に来て「どこに行きたい?」と聞くと「動物園に行きたいんやけど」とはにかむように言うのがかわいかった。
宮川村の奥に住んでいた夫の両親は兄夫婦と同居するようになって、今伊勢の家には犬が一匹と数え切れないほどの猫がいる。兄は実に短気な男で、しょっちゅう家族や犬を怒鳴っているが、猫を怒鳴るのは聞いたことがない。「お兄さんは猫好きだねえ」そう言うと「ああ。ほやけどなあ、おれがこんなにたくさん猫置いとんのはおふくろのためなんやぜ」兄は言った。そうだったのか。「やることないようになるとぼけるからな。猫の世話焼いとんのはちょうどいいんや」そういえば母は朝から晩まで猫のことばかり気にしている。家中いたる所に餌を置き、ベッドの中には常に二、三匹の猫をひそませて、日がな一日猫を相手におしゃべりしている。確かに猫いなくなったらお母さんぼけちゃうかも。
だけど夏に行った時、母は棚の人形に猫の行方を聞いていた。何事にも絶対というものはない。ぼけ防止という猫の効用も歳月には勝てないのかもしれない。伊勢の猫にはこれからもがんばって、じゃんじゃんアルファ波を出してもらわないと。

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