猫耳のこと

もう二十年も昔になるけれど、自由が丘で革の店を始めた頃のこと。
店のキャラクターがダヤンという猫だったので「私たちも猫になろうよ」と革で猫耳を作り、当時の店長ゆめこちゃん、妹のふうちゃんと私は猫耳をつけて店に立っていた。とら縞に染めて内側に本物の毛皮をはった猫耳は、なかなか良い仕上がりで三人三様によく似合っていた。
入ってくるお客は耳に目をとめるとあっと驚き「わあ、猫だ」と笑い出す。お客さんの心をほぐし、見た目にもかわいい猫耳はとてもいいコミュニケーショングッズになった。それに耳をつけるだけで誰もが猫を連想するのでキャラクターを印象づけることにも役立った。
そのように人は耳で猫を認識するけれど、実は猫にとってもそうなのには驚いた。
ダヤンは元々うちで飼っていた猫である。拾い猫を更にもらったのだが、うちに来た時にはもうダヤンという名がつけられていた。とら縞で片目のところに黒い斑紋があるところからイスラエルのダヤン将軍の名を借りてつけられたものらしい。
その頃住んでいた家の二階は日当たりが良くてダヤンはよくそこで日向ぼっこをしていた。するとベランダへ隣の太った猫がやってきてやっぱり日向ぼっこをはじめる。曇りガラスに猫のシルエットが写るとダヤンは毛を逆立ててフーフー怒った。けれどその猫が毛づくろいなどはじめて耳が隠れると「なんだ、猫じゃないのか」急に警戒態勢を解いてゴロリとくつろぐのだ。
「ねえ、猫も耳で猫って分かるみたいよ」とその例をとって夫に話すと、猫で遊ぶのが大好きな夫は早速実験を試みることにした。その頃ちょうどダヤンには子供が三匹生まれていて、子猫たちはいつもダヤンの後を付いて回っていた。
そしてある日のこと、夫はダヤンの耳にテープを張り、耳を隠してしまった。するとどうだろう?子猫はいっせいに後じさりしてダヤンから離れ、シャーシャー毒を吹いて怒りはじめたではないか。
ダヤンは不思議がって「どうしたの?お母さんだよ」と近づいていくのだが子猫はとっとと逃げ出していく。そして又耳があらわれるや、グルニャンと甘え声で近づいていくのだった。その変節振りはあまりに明らかでおかしい限り。ためしにもう一度やってみたけど、子猫たちの挙動もダヤンの困惑もビデオのくり返しのように同じだった。
実験はみごとに成功し、「人も猫も耳で猫を認識する」ということが実証されたのである。

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